AIに何を渡すかで、答えは180度変わります。そしてこれは、部下への指示も、パートナーとの協働も、まったく同じです。
2026年5月、読売ジャイアンツの阿部慎之助監督が突然辞任しました。その端緒となったのが、長女がChatGPTに相談したことでした。父親との口論について相談した結果、AIは「匿名で相談できる児童相談所がある」と案内。長女が電話すると、児童相談所は警察へ通報し、阿部氏は現行犯逮捕されました。
長女本人は「警察が来て一番驚いたのは私」と述べています。自分がそういう展開を望んでいたわけではなかった。では、なぜそうなったのか。AIが悪かったのでしょうか。
そうではありません。問題は、AIに渡した情報が少なすぎたことです。そしてこれは、D2Cブランドの現場でも毎日起きていることです。
この記事でわかる|4つのポイント
- AIも人間も、渡された情報の範囲内でしか動かない。文脈を渡さなければ、マニュアル通りの答えしか返ってこない
- 部下・外注先・パートナーへの指示も同じ原則。結果の質は、渡す情報の質で決まる
- 「何をどう渡すか」を設計する力こそが、事業の舵取り力であり、プロデュース力の本体
- D2Cブランドがいまやるべき、ブランド言語化の具体的な始め方
1AIは「鏡」である。映るのは、渡したものだけ
AIに相談するとき、多くの人は「賢い専門家に聞く」ような感覚を持っています。しかし実際には、AIは鏡に近い存在です。渡した情報を処理して返してくれるのですが、渡していない情報は存在しないものとして扱われます。
阿部監督の長女が渡した情報は、おそらく「父親と口論になった」という断片だけでした。18年間の親子関係、その日の状況、感情的な背景、自分がどういう結果を望んでいるのか。そういった文脈はほぼ伝わっていなかったはずです。
情報が少なければ、AIは一般論とマニュアルで補完するしかありません。「暴力の相談」という断片に対して、ChatGPTは安全を最優先する仕様で応答します。それ自体は正しい設計です。しかし現実の人間関係は、マニュアル通りには動きません。
AIは嘘をついたわけでも、誤作動を起こしたわけでもありません。渡された断片情報に対して、仕様通りに動いた。そこに悲劇がありました。
2D2Cの現場でも、同じことが起きている
「AIで記事を書いてもらったけど、なんか違う」「AIにLP文章を頼んだら、どこかで見たような内容になった」。こういう声を、クライアントから頻繁に聞きます。
原因はほぼ共通しています。ブランドの文脈を渡さずに使っているのです。
たとえば、こんな指示をしているケースがあります。
「化粧品のLP文章を書いて」「健康食品のターゲット向けにSNS投稿を作って」「競合との差別化ポイントを整理して」
これでは阿部監督の長女と同じです。断片しか渡していない。AIはあなたのブランドのことを何も知りません。誰に届けたいのか、なぜこの商品が生まれたのか、競合とどう違うのか、お客様が本当に悩んでいることは何か。そういった情報を渡して初めて、AIは「あなたのブランドのための答え」を返せます。
AIへの指示の質は、渡す情報の量と精度で決まります。「すごいプロンプト」を探す前に、まずブランドの文脈を言語化することの方が、はるかに重要です。
3情報の質が、出力の質を決める
私は20年間、150社250ブランドのD2Cビジネスに関わってきました。AIが登場してから、現場での活用を自分でも試し続けています。その経験から言えることがあります。
AIを使いこなしている人と、使いこなせていない人の差は、ツールの習熟度ではありません。自分のビジネスをどれだけ言語化できているか、その差です。
ブランドのポジショニング、ターゲットの解像度、競合との本質的な差分、お客様の購買心理。これらが頭の中でぼんやりしている状態でAIに聞いても、答えもぼんやりします。逆に、これらが明確に言語化されていれば、AIは強力な実行補助ツールになります。
つまりAIの活用力は、ビジネスの解像度と比例するのです。
4判断軸のない人間が使うと、AIは道を間違える
阿部監督の件でもう一つ見落とせないのが、長女が18歳だったという事実です。これを「若いから仕方ない」と片付けるのではなく、判断軸がまだ育っていなかったという視点で捉えたほうが本質に近いと思います。
AIの回答を受け取ったとき、人は二つのことをする必要があります。一つは「この回答は自分の状況に合っているか」を判断すること。もう一つは「この回答をどう使うか」を決めること。この両方に、判断軸が必要です。
長女にとって、AIの回答は「専門的なアドバイス」に映ったかもしれません。しかし判断軸のある大人なら、「これは最悪のケースへの対応策だ」と読み取れたはずです。
D2Cの現場でも同じことが言えます。AIが出してきた提案をそのまま実行するのか、自分のビジネス判断でフィルタリングするのか。その差が、AIを「使えるツール」にするか「判断を誤らせるリスク」にするかを分けます。
AIは答えを出しません。選択肢を出します。どれを選ぶかは、常に人間の仕事です。
5これはAIだけの話ではない。部下も、パートナーも、まったく同じだ
ここまで読んで、「AIの話だからAIだけに気をつければいい」と思った方がいれば、少し待ってください。この原則は、人間同士のあらゆるコミュニケーションにも当てはまります。
部下にタスクを渡すとき。フリーランサーに制作を依頼するとき。事業パートナーと方針をすり合わせるとき。渡す情報と文脈が違えば、返ってくる結果は180度変わります。
「なぜこれをやるのか」「誰に届けたいのか」「どんな状態をゴールとするのか」「何を優先して、何を妥協していいのか」。これらを明確に渡せる人と、渡せない人では、同じ相手に頼んでも結果が全然違います。相手がAIか人間かは関係ありません。
うまくいかないとき、「あの人は使えない」「AIは役に立たない」と結論づける前に、自分が渡した情報を見直すべきかもしれません。
つまり、「何をどう渡すか」を設計する力こそが、プロデュース力の本体です。戦略を立てることよりも、ビジョンを語ることよりも、「この人に、この情報を、このタイミングで、この粒度で渡す」という判断を積み重ねる力が、事業の舵取りを決めます。
プロデュース力とは、才能でも経験でもなく、「渡す情報の設計力」です。AIが当たり前になった今の時代、この力の差が、事業の結果の差として直接現れるようになっています。
D2Cブランドがいまやるべきこと
AIをビジネスに活用したいなら、ツールの前にやることがあります。
まず、自分のブランドを言語化することです。ターゲットは誰か、どんな課題を持っているか、なぜ競合ではなく自社を選ぶべきなのか。これが整理されていなければ、AIに何を渡せばいいかもわかりません。
次に、AIの回答に対する判断軸を持つことです。業界の知識、マーケティングの理解、顧客インサイトの解像度。こうした蓄積が、AIの出力を正しく取捨選択する力になります。
私がD2Cブランドの事業プロデュースで最初にやることの一つが、この「ブランドの言語化」です。ここが曖昧なまま広告を出しても、記事を書いても、AIに頼んでも、部下に任せても、すべての精度が落ちます。逆にここが固まれば、AIも人も、想像以上の速度で実行を加速してくれます。
20年間、150社250ブランドを見てきて確信していることがあります。うまくいっているブランドは、例外なく「渡す情報の設計」がうまい。ターゲット、課題、差別化、ゴール。これらを自分の言葉で語れるリーダーがいるブランドは、AIを使っても、外注を使っても、社内チームを動かしても、結果が出ます。
AIを使いこなすとは、ツールを覚えることではありません。部下を動かすとは、指示を出すことでもありません。「何をどう渡すか」を設計できる人間が、事業の舵を握ります。
よくある質問
Q. AIに何を渡せばいいかわかりません。どこから始めればいいですか?
まずターゲット像の言語化から始めるのが効果的です。「誰に届けたいか」「その人はどんな課題を抱えているか」「なぜ今まで解決できていないか」を文章にして渡すだけで、AIの出力は大きく変わります。ブランドの成り立ちや競合との違いも加えられると、さらに精度が上がります。
Q. AIを使えば、コンサルタントや外部パートナーは不要になりますか?
そうはなりません。AIが得意なのは「渡された情報の処理と生成」であり、人間の専門家が得意なのは「何を渡すべきかの判断」と「業界の文脈の読み取り」です。役割が違います。むしろAIが普及したことで、「何を渡すかを設計できる人間」の価値は上がっています。
Q. 化粧品・健康食品のD2Cでは、AIをどう使うのが正解ですか?
コンテンツ生成の補助(記事・SNS・メルマガの下書き)と、データ分析の整理補助が特に有効です。ただし薬機法に関わる表現はAIがそのまま出してくることがあるため、必ず人間がチェックする工程が必要です。業界特有のルールを熟知した上で使うことが前提になります。